非正規滞在者と入国管理行政

出入国管理法改正(本年4月施行)により、事実上の「移民政策」に舵を切ったと言われる日本。その前夜に刊行された 高谷幸『追放と抵抗のポリティクス』(ナカニシヤ出版、2017年)を読んでいる。

追放と抵抗のポリティクス

追放と抵抗のポリティクス

 

 

一つ面白いと思ったのが、非正規滞在者をとりまく法的環境について

「入管局は、他の法律の上位にあるものとして入管法を位置づけようとするのにたいし、運動は、入管法も労働法も、あるいは他の法律も同等のレベルのものとして位置づけようとしている。」(pp147-148) 

 という記述。つまりこういうことのようだ。

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高谷(2017:147)

高谷は言う。「入管局は、日本における外国人の権利は在留資格の範囲内で認められるという立場を貫いてきた。」その一方で、「労働や医療、地域生活の分野で支援運動が要求してきたことは、入管法を一つの法として扱え、ということである」(共に高谷 2017:147) 。

実のところこの運動側の戦略は、「2000年代半ばまで一定の有効性を持っていた」(高谷 2017:149)。たとえば、非正規滞在者の就学にあたっては居住地確認が壁になる場合があったが、文部科学省初等中等教育局長通知「外国人児童生教育の充実について(通知)」(2006年6月2日)。は「居住地等の確認を行う必要がある場合には、[......]一定の信頼が得られると判断できる書類による確認とするなど、柔軟な対応をすること」とされたのである。すなわち、在留資格がなくとも就学の道が開かれたのである。

 

こういう戦略は、入管からすればいまいましいことのようだ。元東京入国管理局長の坂中英徳(2005:32)は「タテ割り行政の弊害とでもいうのか。役所と役所のナワバリの隙間を突いて、法を守らない外国人が役所に列を作るという首をかしげたくなるような現実がまかり通っていた」との認識を示す。ここでいう”法”とは、もちろん入管法である。

 

縦割り行政の「生理」として、入管当局が狙う超越的な主権権力の作用を無効化する空間ができた。この「隙間」のような空間が、ときに非正規滞在者に居場所を与えた。つまり、ホモ・サケルの状況に置かれた非正規滞在者に「社会的な生」を付与する猶予を与えた。ここで与えられた猶予が、学校や職場を通じ非正規滞在者が日本社会に包摂される機会ともなり、その後の正規化に繋がった側面も見逃せない。

一方で、この4月に発足する出入国在留管理庁(入管庁)は「出入国管理部」に加えて、「在留管理支援部」の2部体制を敷く。

新たな業務として日本に暮らしている外国人の「生活支援」も加わり、具体的な施策について関係省庁の取りまとめや自治体との調整役を担う。(産経新聞2018.12.8)

在留する外国人の生活を覆う縦割りのもたらす多元性が、この「在留管理支援部」によって統合・一元化されていくのであれば、超越的な主権権力の作用が無効化される「隙間」はさらに狭まっていくのではないか。

 

もちろんこの「隙間」は、坂中ら入管行政マンにしてみれば犯罪組織の苗床であり人身売買の温床なのかもしれない。出入国管理法の改正のもたらず経済・社会的影響のみならず、入国管理行政体制の転換にもいっそう注目していきたい。

 

入管戦記

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